お仕事ください! 番外ショート
〜謎のもの〜




 藤咲は机の上に置かれたあるモノをじっと見つめた。
「……黒川さん、これ一体なんでしょうか?」
 事務所のソファで仰け反り、競馬新聞を読んでいた黒川に問うが、完全に無視。相変わらずつれないなと思いつつ、藤咲はふたたびソレに目を凝らした。
 ねじれた輪ゴム? いや違う。色や大きさは近いけど、もっと硬そうというか…。不格好でなんとなく気味が悪い形をしている。
 午前中、デスクワークをしているとき、こんなモノはなかった。誰かが置いたとしか考えられない。
「本当になんだろう、コレ…」
 思いきって指でつまんで観察した。やはり触った感触は硬い。モノというよりも、なにかの生き物が長時間かけて干涸びたような感じだ。
「ま、まさか――」
 新種生物の死骸とか? もしそうならこれは大発見になるのでは! と、藤咲が気持ちを逸らせていると突如、背後から尻をぎゅっと掴まれた。
「わっ!」
「さっきからなにをひとりでゴソゴソやってんだ」
 いつの間にか背後に立っていた黒川が、尻を揉みながら擦り寄ってくる。話しかけても返答はしないくせに、放っておかれるとつまらなくなるらしい。
「あ、あの、コレなんですけど。もしかしたらっ…!」
「あぁ、へその緒か」
「…えっ?」
「俺のへその緒だ。このあいだタンスの引き出しからひょこり出てきやがった。てめえにやる」
 藤咲はあんぐりと口を開け何度も目を瞬くと、複雑な表情で黒川を見上げた。礼を言うべきなのか、それとも冗談がすぎると笑えばいいのか。
「大病をしたとき、へその緒を煎じて飲むと治るというだろ。今度やってみろ。アホが治るかもしれねえぞ」
 明らかにバカにした顔でニヤリと笑う。からかわれているのだと、ようやく理解した。それにしても――。
「…なんだ、そっか。『へその緒』だったんですか」
「おい、なんだってのはどういうことだ。えぇ? てめえには俺の優しい気遣いがわからねえか」
「い、いえっ、とても嬉しいです!」
 そのまま小競り合い続けていると、中田が近づいてきて、藤咲の手からソレをひょいと奪い取った。
「若頭、ずるいじゃないですかい〜。こっそり二人だけで食うなんて。おいらにもくだせえ、このスルメ」
 中田はぱくりと口の中にそれを放り込んだ。
「あっ…」
 その途端、黒川は顔色をどす黒くして吠えた。
「てめえ、なんてことしやがるっ! 吐け、ジジイ!」
「ぐっ、わ、若頭…、苦しい、喉に詰まったでえ」
 へその緒をくれる黒川も黒川だが、それを食べてしまう中田も中田で、やはりよくわからない二人だった。


――END――




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