俺を抱いて眠れ 番外ショート
2007年5月 配布ペーパーより

〜罰ゲーム〜



「おい、本当にいいのかよ、こんなんで……」
 背中を丸めてテーブルに向かっていた拓真は、せっせと動かしていた手を止めて斜め下に問いかける。あぐらをかいた拓真の腿を枕にして、寝転がっているのは蓮だ。
 しばらく待っても返事がないので、眠ってしまったのかと思ったら、ごろっと寝返りを打って見上げてくる。
「俺がいいって言ってんだから、黙って働けよ」
「おまえがよくても、ファンは泣くぞ」
「今どき、そんな健気なファンがいるか」
 大きなため息を手元に落として、拓真は作業を再開する。手には黒のサインペン、テーブルの上にはポストカード。
 この夏、蓮がレギュラーで活躍するファッション雑誌と、アパレルメーカーとのコラボレーションで、限定Tシャツを販売することになった。
 コラボTシャツには先着順で、同デザインのポストカードがオマケでつくのだが、その一枚一枚にWネーム『レン』のサインを拓真が書いているのだ。それも百枚。
「なんで、俺がこんなことを――」
「罰ゲーム」
「……」
 そう突っ込まれてしまえば、なにも言い返せない。確かに罰ゲームをかけて、ゲームの勝敗を競い合ったけれど、まさかこんなことをやらされる羽目になるとは予想外だ。
「もし、バレたらどうする」
「バレるか。こんなの業界では常識だぞ。そもそも売れてる芸能人の、どこにそんな時間があるってんだ」
「まあ、そうかもしれないけどな。おまえの場合、今はヒマしてるじゃねえか。こーゆうのは気持ちだろ」
「誰がヒマだ」
 真下から鋭い睨みをきかせてくる。
「俺は貴重な時間を午睡にあててんだ。ヒマじゃねえ」
 わかったわかった、と拓真が半ば呆れて返すと、蓮は気に入らなさそうな顔で、じいっと見つめてきた。
「なんだよ?」
 猫のように吊り気味の、酷薄な瞳で間近で見つめられると思わずドキッとしてしまう。きれいな顔は迫力がある。
「拓真のいう気持ちって、どういう気持ちだ」
「なにが」
「たかがポスカ一枚に、釣られて買う客なんかいるかよ。形だけのノベルティに、どんな気持ちを込めろって?」
 説教臭い言い方が癪に障ったのだろう。余計な一言で寝た子を起こしてしまった。蓮はゆっくり身を起こして続ける。
「俺は拓真のように、博愛主義者じゃないからな」
「なんで話がそっちへいくんだ」
「ファンを大切にしろって、よく言ってるじゃねえか」
「それはそうだろう。俺たちは客あっての商売なんだから」
「きれい事を言うな。あんたはただの女好きだろ」
「はあ? なにが言いたいんだよ急に」
 まったく、わけがわからない。またいつものパターンだ。そこまで機嫌を悪くするようなことを言っただろうか。年齢の差か、育った環境の違いからか、お互いの言い分は平行線を辿ることが多く、いつも決まって口論となる。
「俺は拓真とは違う。相手が誰であろうと、その場しのぎで気持ちを安売りすることはできない。する気もない」
「……だから?」
「拓真以外の人間に、これっぽっちも自分の気持ちをくれてやるつもりはないからな」
 蓮の真剣さに当てられて、はっと息を飲む。瞠目する拓真を蓮は、視線を外すことなくまっすぐ見返している。そうか、そういうことかと拓真はようやく納得がいった。
 蓮は怒っているのではなく、拗ねているらしい。拓真の前だけで本来の自分に戻れる蓮は、二人きりの時間をとても大切にしている。何にも邪魔されたくないのだ。
 最近ときどき思う。蓮は世渡りがうまく、世間擦れしているように見えるが、じつは根はピュアなのではないか、と。普段は憎らしいぐらい、我がままで天の邪鬼なのに、ときにこちらが驚くぐらい、素直で正直になる。
 そのギャップに戸惑いつつも、拓真はどんどん蓮に惹かれている。自分でも不思議なぐらいだ。
「俺が悪かった。もうなにも言わない。おまえは寝てろ」
 蓮の頭をそっと下げて、足元へと促す。蓮はされるまま横になり、長い足を床に投げ出すと腰に両腕を回してきた。
「俺といるときは、俺だけのことを考えろ」
 これは誰にも渡さないと言わんばかりに、拓真の腰をぎゅっと握りしめて離さない。こういうときばかりは、やっぱり高校生なんだなと、可愛く思えてしまう。
「わかった。そうする。おまえのことだけを考えるよ」
「……ん」
 満足そうにうなずくと、蓮は拓真の腹に顔を埋めた。艶のある柔らかな髪を撫でてやると、心地良さそうにじっとしている。気性の荒い猫を手なずけているような気分だったが、横たわる蓮の姿は猫というよりは豹だ。背中から下肢にかけて、しなやかな弧を描く細身の身体。
 一時の安息に甘んじてはいるが、いつなんどき素早く起き上がり、攻撃をしかけてくるかわからない。ベッドに押さえこまれて、いやというほどその事実を裸体に刻み込まれている拓真にとっては驚異だ。
「俺はヒマじゃない」
「え?」
 しばらく黙っていたのに、唐突にそんなことを言われて、慌てて目を瞬く。蓮は腿を枕にして横を向いたままだ。
「なんだ、仕事忙しいのか?」
「拓真といるときは、いつだって忙しい。今もな」
「そうなのか?」
 仕事が大変なのに、今日もわざわざ会いに来たということだろうか。だったら、無理しなくていいのにと思う。そう告げようとした矢先、蓮は腰に抱きついたまま、頭だけを起こすと、ニヤリと不敵な笑みを口角に滲ませた。
「このあと、どうやって拓真を抱いてやろうかと考えたら、いくら時間があっても足りない。ヒマなわけねえだろ」
 拓真は目を点にして絶句したのち、がくりと項垂れた。
「……そういうことか」
 いったい、どうしてくれようか、この男。
 拓真は天井を仰ぎ、内心で深いため息をついたのだった。


――END――




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