俺を抱いて眠れ 番外ショート
2008年8月 無料配布ペーパーより

〜花火〜



 打ち上げ花火が見たいと蓮が言い出した。
「花火かぁ……。そうだな、せっかく夏なんだし、俺も見たいけど、おまえが花火大会とか行ったら場がパニくるぞ」
 蓮の部屋で寝転がってごろごろしていた拓真は、起き上がり同意しながらも、難しいところだよなと続けた。
「誰も花火大会なんかに行くとは言ってねえ。あんな混んだところウザくて行けるかよ」
「あぁ? じゃあどこで見るんだ。打ち上げ花火なら、東京湾か隅田川か、どこに行っても人は多いぞ」
「多摩川の河川敷ででも、こっそり上げればいいじゃねえか」
「こっそり上げるって、おまえ――」
「二十号玉なら五十万ぐらいらしいからな。払えなくもねえ金額だろ」
 ソファに横になった蓮を見下ろして拓真は黙り込む。
 蓮は打ち上げ花火の玉を買って個人で上げようと考えているようだが、金銭的に可能なのが腹立たしい限りだ。
 かといって現実問題として素人が打ち上げ花火を扱えるわけがない。それでも零したくなる気持ちはわかる。
 夏休みに入って蓮はほぼ休みなしに仕事をしていた。雑誌のモデル、CM撮影。心配になるぐらい働き尽くめだ。
 今日は撮影の合間の中休み。拓真は夜からホストクラブの仕事があるが、それまでは俺の家で抱き枕になれと呼び出されたのだ。
 渋々と向かうと早朝から迫られ、形だけの抵抗をしながら結局は二回も体内に出されてしまった。拓真が頼んでも蓮はゴムをつけようとしないし、拓真の体を気遣ったことがない。 自分の欲望だけ満たしたあとはそのまま寝てしまい、拓真は蓮の部屋のシャワーを借りて落ち着いたところだ。
 寝ている間に自宅マンションへ汗を流しにいっただけでも蓮は烈火のごとく怒る。目が覚めたときに拓真が部屋にいないのが気にくわないらしい。
 超我がままなところは、まだ高校生という年令相応なのかもしれないが、それにしても自分勝手すぎる男だ。
「二十号玉の花火ってどれぐらいの大きさなんだ?」
 上げるつもりなどもちろんないがなんとなく訊いてみる。
「直径五百メートルだ」
「ふうん、よく知ってるな」
「ネットで調べた。ふたりで見るには充分すぎるデカさだろ。通常の花火大会でもよく上がってるサイズだからな」
 もしかして本気で上げるつもりで調べたのだろうか。
「けど、マジで自分が好きな色やデザインの打ち上げ花火を上げられたら、気持ちいいかもな」
 蓮は上体を起こすとむっとした顔で髪の毛をかき上げた。
「てめえ人の話を聞いてねえのかよ。だから上げるっつってるだろうが」
 まさか、という思いが徐々に強くなる。
 花火師を雇い許可も得ずに、河川敷でこっそり打ち上げるつもりなのだろうか。どう考えても違法だ。
「蓮、やめとけ。よく考えろよ。そんな無茶をしたら大変なことになるぞ。金だって勿体ないし、五十万あれば」
「払うのは拓真だ」
「へ?」
 上半身裸の蓮はにやにやしながら近づいてくる。
「この際だから贅沢は言わねえ。一発で我慢しといてやる。五十万ぐらい払えるだろう。ナンバーワンホストならな」
 明らかな嫌味に拓真は返す言葉に詰まって顔をしかめた。
 確かに先月、新しい店で念願のナンバーワンに自力で登り詰めたが、それとこれはまったく関係ない話だ。
 一瞬で闇夜に消えて散ってしまう花火に、どうして自分が五十万も出さないといけないのか。冗談じゃない。
 呆れた拓真は蓮に引き止められるとわかっていても、俺、帰るわとリビングを出ていこうとした。
「おい、待て」
 案の定、声がかかる。ここは強引に振り切ってダッシュで逃げてやろうと身構えていたら、予想外のことを言われた。
「拓真の誕生日、来週だったよな」
 はっとして振り返ると、蓮は真剣な顔で見つめている。
 もしかしたら自分の誕生日を祝して、打ち上げ花火を上げてくれるということだったのだろうか。
 拓真はちょっぴり嬉しくなり、つい目元を緩ませていた。
「蓮、おまえ……」
「俺は誰かと違って太っ腹だからな。恋人の誕生日に打ち上げ花火ぐらい上げてやる。でもそのかわり――」
「俺に支払え、と?」
 途端に目を眇めて尋ねると、蓮はこともなげに否定した。
「いや、気が変わった。俺が出してやってもいい」
「マ、マジかよ! どうしたんだおまえ、さっきまでケチってたくせに、てか、本当に花火上げられるのか?」
「ただし、五十万円分のセックスはさせてもらうからな」
「はっ?」
 目が点になる。五十万円分のセックスってなんだ? 回数かそれとも濃さか、それともほかにもっとなにかあるのか。
「そうだな。一発、五十万の花火を見ながら、五十万円分セックスをするのがベストだ。何回突っ込めば五十万に到達するか……拓真の一回っていくらだ?」
 むむむ、と唸りながら拓真は眉間の皺を徐々に深くした。
 少しでも期待した自分がバカだった。いつもどおり面白がってからかわれているだけだ。蓮の口元にはさきほどから薄い苦笑が滲んでいて、噴き出すのを堪えていた。
「おまえなぁ〜」
「拓真はあっという間に終るから、しょぼい五号玉だとして一万だな。なんだ五十回か。すぐヤっちまいそうだぞ」
「なにがしょぼいだっ! いい加減にしやがれっ!」
 勢いよくドアを閉めて部屋を出ると、蓮の楽しげな笑い声が外まで響いてきた。拓真は肩を怒らせてずかずかと歩く。
 過去に遭難した山の中でヤられそうにはなったが、花火を見ながら川沿いでセックスなんて考えだけでぞっとする。
 俺は絶対にしないぞっ、と心に誓う拓真だった。
 結局、河川敷での打ち上げ花火は当然のごとく没になったが、拓真の誕生日の夜は、蓮が散らした赤いキスマークが、体中に大輪の花を咲かせることになったのだ。


――END――




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