「先生、お味はいかが?」 番外ショート
〜可愛くないキス〜




 久しぶりに瀬良のマンションで手料理をごちそうになり、礼慈が熱心に学校の話をしていたら、「やろうぜ」と身も蓋もない言い方でベッドに誘われた。
 礼慈もその気がないわけではなかったので、「もう少しムードのある言い方はできませんか」と、つんけんしながらも、すでに瀬良のシャツのボタンに手をかけている。
「じゃあ、なんて言えばいいんだよ。デザートにおまえを食べさせてくれか? あぁ、違うな。若菜はデザートじゃなくてメインディッシュだった」
 得意げな顔でにやりと笑う瀬良に対して、礼慈は手を止めると「おやじギャグは結構です」と睨みつける。
「あのな、おやじって……」
「三十を過ぎた男性全員をおやじだとは言いませんが、あなたははっきり言っておやじです」
「きっついなあ〜」
 向き合ったまま、ベッドのわきで恋人からおやじ宣告をされた瀬良は、見るからにしょぼくれていた。
「近ごろ、ちっとは可愛くなったと思ってたのによ……」
 やっぱ、可愛くねぇわと、足元に呟きを落とす。
「無精髭をきちんと剃ればいいんです。Tシャツだって、ユニケロじゃなく、もっと落ち着いたものが――」
「おい、おまえユニケロをバカにすんなよ。日本が世界に誇るカジュアルブランドだぞ。上等じゃねえか」
 はだけた長袖シャツからのぞく、派手な柄のコラボTシャツに、礼慈は残念なため息をつく。
「ユニケロはいいとして、髭は僕の好みじゃないです」
 すると瀬良はきょとんとした顔で、「髭がないほうが好きなのか?」と訊いてきて、礼慈は視線を泳がせた。
「す――好き、というか。衛生的にもよくないでしょう。それにチクチク感は苦手ですから……」
 正直なところ、無精髭がない瀬良は男前だと思えるし、行為の最中に髭が敏感な場所にあたるのだ。礼慈の真意を読みとった瀬良は、両腕を組んでふむとうなずいた。
「そうだったのか。俺はてっきり、若菜は俺の髭に感じてるのかと思ってたぞ。だからわざとあそこに――」
「それがおやじくさいと言ってるんです!」
 こりない男をむっとした顔で見上げると、瀬良はいたずらの成功した子供のように、嬉しそうに笑った。
「わかった、わかった。これからはなるべく剃るようにするからよ。ったく、おまえは俺の世話女房かっつーの」
「――えっ」
 そう言われた途端、礼慈は不覚にも頬が熱くなった。
「おっ」
 瀬良が面白がった様子でのぞき込んできて、気恥ずかしさから「な……なんですか」と顔をそむける。
「いや、やっぱり若菜は可愛いなぁと思ってさ。いつも、そんなふうに素直なら、俺だってムードのある口説き文句のひとつやふたつ簡単に出てくるぞ」
「なに言ってるんですか。あなたのガサツな性格を、僕のせいにしないでください」
「違うだろ。おまえが飯食いながら生徒の話ばっかするから、俺だってちょっと意地悪したくなったんだ」
「はい?」
 瀬良はあさってのほうを向いて、ばつが悪そうに鼻の頭をぽりぽりとかいている。まさか――。
「……生徒に嫉妬したんですか? 仕事ですよ」
「しょうがねえだろう。俺はこう見えて、独占欲が強ぇんだよ。おまえが食堂のおばちゃんや、がきんちょどもとイチャこらしてて、楽しいわけねえだろうが」
 胸をはって居直ってしまった瀬良に、礼慈は一瞬、目をぱちくりさせるものの、自然と口許がゆるんだ。
「あなたも、いつもそうして素直だと可愛いですよ」
 誘うように無精髭を指先でなでこすると、瀬良はやや悔しそうにその手を掴んで腰を引き寄せた。
「可愛いは勘弁だな。もっとほかに言い方あんだろ」
 ぐっと顔を近づけて、真剣な目で問いかける。ムキになるところも可愛いと思えるのだが、そう口にするかわりに礼慈はにっこりと微笑んだ。
「そうですね。ベッドの上では可愛くないです」
「待てよ。だったらベッドの上で俺はどうだってんだ」
 瀬良が兆発的な苦笑を浮かべて片眉を跳ね上げる。こういう顔はたまらなく格好よくてぞくぞくする。けれどわざわざ教えて調子にのせる必要もない。
「それは――これから確認させてください。可愛いか、可愛くないかは瀬良さんしだいですから」
「なるほどな。おまえは何回やっても可愛いぞ」
 出し抜けに鼻の頭を啄まれ、礼慈は抗議の目を向ける。
「そういう子供だましは結構です」
「へいへい、そんじゃあ、まずはキスからはじめるか」
 どちらからともなく、唇を触れ合わせて舌をからめる。深まるキスにふたりはしばらく酔いしれた。



――END――




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